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春

Author:春
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 IPOの大成功で、ピクサーはディズニーの資金に頼らず映画を作れるようになった。
 ジョブズは、ピクサーの映画であると同時にディズニーの映画だとしたかった。

 そのころカッツェンバーグはアイズナーと仲たがいをして退社し、ドリームワークスSKGを創設していた。

 ピクサーとの契約見直しに応じないなら、3本でディズニーとさよならして別のスタジオと仕事をする、カッツェンバーグのところでもいい、とジョブズは斬り込む。
 対するアイズナーは、それなら、ラセターが生み出したウッディーやバズなどのキャラクターを使い、『トイ・ストーリー』の続編を自分たちで作るとやり返す。

 結局、その後制作する映画についてはピクサーが半額を負担し、その見返りとして利益も半分受け取ることにアイズナーは合意した。

 ジョブズはすばらしい製品を作る人物として有名だが、じつは、価値あるブランドを持つすばらしい会社を作る能力も同じくらい優れている。
 なにせ、アップルとピクサーという、時代を代表する会社をふたつも作ったのだから。

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 ウォズさんが思いついて作ったマシンを製品化することで、アップルが誕生しました。
 ゼロックスPARCが開発中の技術を見て、安価なマシンを提供する方法を思いつき商業化しました。
 ラセラーさんたちが考えたアニメーションを現実化することで、『ティン・トイ』や『トイ・ストーリー』を成功させました。 

 アイデアを現実に実行できる人は多くありません。
 アイデアを現実化させる情熱がそこにはあったと思います。
 目的を達成させる情熱をもち続けたいと思います。
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 ディズニーと対等になるにはお金がいる。
 つまり、IPO(新規公開株)を成功させる必要があった。

 株式公開は、『トイ・ストーリー』公開のちょうど1週間後だった。
 ふたを開けてみるとジョブズさえ想像もしなかったほどの成績だった。
 この年最大のIPOとなったのだ。

 1995年、同じ年の初めころ、ジョブズは、投入した5000万ドルさえ回収できればいいとピクサーの買い手を探していた。
 公開初日、彼が持つ株(ピクサーの80-パーセント)はその20倍以上、12億ドルの価値を持つようになった。
 これは、1980年のアップルIPOでジョブズが得た資産の5倍ほどにあたる。

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 1994年の2月に『トイ・ストーリー』の制作の再開がはじまって、当初はピクサーを売りたいと思っていたのが、映画界を根底から変えるかもしれないと情熱を燃やすようになって、この情熱がまた成功しました。

 映画の成功と株式公開を組み合わせるという考えを思いつくところは、流石ジョブズさんです。
 「株式公開で得たお金の半分で自分たちの映画を作り、ディズニーと契約交渉をやり直すという計画」
 ディズニーと対等に交渉ができるようにするという考えを持つというのはすごいことです。

 不可能はないと信じているんだなぁと感じます。
 現実歪曲フィールドを自分自身で証明しています。
 私も現実歪曲フィールドを信じます。
 1995年11月、『トイ・ストーリー』のプレミアムイベントは2か所でおこなわれた。

 ひとつはディズニーが主催したもので、古い歴史をほこる豪華な映画館、ロサンゼルスのエル・キャピタンでおこなわれた。
 来客のほとんどはディズニーが選んだ人々で、ジョブズは顔さえも出さなかった。

 翌晩にサンフランシスコにある有名映画館、リージェンシーを借りて自分たちのプレミアムを開催する。
 スティーブ・ジョブズと有名人が集まった。
 映画の紹介も、ラセターではなくジョブズがおこなった。

 最初の週末で制作費に匹敵する3000万ドルという全米興行収入をあげ、最終的には全米1億9200万ドル、世界3億6200万ドルという成績でこの年最大のヒットとなった。

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 一度は『トイ・ストーリー』の制作を中止させたディズニーに対して、個人資産を出して制作を続行させたジョブズさんは、『トイ・ストーリー』は自分たちが完成させたのだと言いたかったのでしょう。
 「もっと良いものを、もっと良いものを創ろう」というジョブズさんたちの情熱があったから完成したのだと言いたかったのでしょう。

 バズとウッディーは、はじめは対抗心を燃やしていましたが、協力して家に帰ることができました。
 ディズニーとピクサーは、対抗心を燃やして切磋琢磨していったのでしょうか。
 けれど、資金提供を受けディズニーという名前で配給できたことは感謝すべきところであります。

 成功するためには、情熱が必要です。
 成功するためには、たくさんの方の協力に感謝することも大切です。
 3カ月後、新しい脚本が完成した。
 ウッディーは、アンディーのおもちゃたちを力で抑える暴君から賢いリーダーに変貌。
 カッツェンバーグらもこの脚本を承認し、1994年2月、映画の製作が再開される。

 この一件で、ジョブズはディズニーに対してもっと強くなる方法を模索しはじめる。
 制作が進むにつれ、ジョブズは自分の血が騒ぐのを感じた。
 ウッディーやバズが生き生きと動きまわるのを見て、自分は映画産業を根底から変えようとしているのかもしれないと気づいたのだ。
 映画のシーンがひとつずつ、できていく。
 ジョブズは、それを繰り返し見るとともに、友人を招き、新たに見つけた情熱について熱く語った。

 ジョブズは、『トイ・ストーリー』が公開される11月にピクサーの株式を公開しようと考えた。
 「そのお金が必要だ。その半分を使って自分たちの映画を作り、ディズニーと契約交渉をやり直すんだ」

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 『トイ・ストーリー』を制作しながら、「これはイケる!大成功間違いない!」と思ったのだと思います。
 「もっと良いものを、もっと良いものを創ろう」と、情熱が湧いていったのでしょう。

 アップルが新規公開株になったとき莫大な利益を得たように、ピクサーも同じようになると感じたのでしょう。
 新規公開株で利益を得る方法はよく聞きます。

 大きな目的を達成するためにお金が必要なことは多いです。
 お金を増やす方法を知っておくことも大切です。
 カッツェンバーグは、主人公ふたりのキャラクターをもっととげとげしくしろと強く要求した。
 打ち合わせをへて、ウッディーは魅力の大部分をはぎ取られてしまった。

 ラセターたちピクサーのチームは、1993年11月に映画の前半を完成させ、バーバンクでカッツェンバーグらディズニー役員を前に上映をおこなった。

 「どうしてこんなにひどいものになったんだ?」
 と同僚のトム・シューマッハにカッツェンバーグがたずねた。
 「彼らの映画ではなくなったからでしょう」
 ラセターも同意見だった。

 カッツェンバーグとシュナイダーから『トイ・ストーリー』の中止という指示を受けたとき、ジョブズは、自分の個人資産で制作を続行させた。

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 ジョブズさんは、ラセラーさんが絵コンテで実演をし情熱的に語った「ティン・トイ」のような作品に、『トイ・ストーリー』もなることを確信していたのだと思います。
 
 『トイ・ストーリー』が制作続行になって本当に良かったです。
 『トイ・ストーリー』は子供と楽しめるとても良い映画でした。
 バズに対抗心を燃やす可愛いウッディー、友だちを思いやるやさしいウッディーはとても素敵でした。
 バズもウッディーもヒーローでした。
 古い物にも新しい物にもそれぞれに良さがあることを感じました。
 対抗心を燃やしていた者同士が協力し合って目的を達成していく姿がとても素敵でした。
 ジョン・ラセターが提示したアイデアは『トイ・ストーリー』だった。

 その背景には、製品には本質、つまり、その製品が作られた目的があるという、ラセターとジョブズが持つ信念があった。
 モノが感情を持つなら、その本質を全うしたいという想いが基本にあるはずだ。

 コンピュータスクリーンの本質は人と人とのインターフェイスになること。
 おもちゃの場合は、その目的は子供に遊んでもらうことであり、彼らがもっともおそれるのは捨てられたり、新しいおもちゃに取って代わられたりすることだ。

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 1990年頃からリサイクルへの関心が高まって、私はリサイクルグループを作りました。
 捨てるということに抵抗を感じていたころです。
 同じような想いで『トイ・ストーリー』が誕生しました。
 モノに感情移入させて映画を作ってしまうところが、天才たちのすることは違います。

 捨てられたという想いがジョブズさんにはあったので、余計に『トイ・ストーリー』に情熱をかけたのではないかと思います。
 捨てられるというのはとても悲しいことです。
 だからこそ、ジョブズさんはモノ選びにこだわる人になったのかもしれません。

 「その製品が作られた目的がある」

 斎藤一人さんは「死んだら聞かれることがある」と言っています。
 「あなたはこの人生を楽しみましたか?人にやさしくしましたか?と聞かれる」と言っています。
 私というモノは、「人生を楽しむこと」「人にやさしくすること」を目的として作られたと考えたいです。
 「不可能なことをなし遂げるのもおもしろい」
 ウォルト・ディズニーの言葉だ。
 このような心構えはジョブズが好むところでもある。
 
 ウォルト・ディズニー社はピクサーのCAPSを導入し、ピクサーコンピュータ最大の顧客となっていた。
 ある日、ディズニー映画部門のトップ、ジェフリー・カッツェンバーグがジョブズをバーバンクのスタジオに招き、導入した技術が実際に使われているところを見せてくれた。
 見学していたジョブズは、カッツェンバーブにディズニーと映画を作りたいと言った。

 カッツェンバーグとジョブズ、情熱にあふれたふたりの交渉は何カ月も続いた。
 ピクサーは倒産寸前で、この契約の必要性はディズニーよりもピクサーのほうがはるかに高かった。
 1991年5月、最終的に合意した契約は、映画とキャラクターの所有権はすべてディズニーとし、ピクサーには興行収入の約12.5パーセントを支払うというものだった。

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。
 
 1990年代、Apple コンピューターで動作する 国産3Dグラフィックソフトは200万円近くしました。
 ハイエンド3DCG製品が動作するコンピュータは、システム全体で1500万円以上しました。
 高価なので限られた市場でしか購入されませんでした。
 けれどそのシステムの重要性や可能性をジョブズさんは信じたのだと思います。
 一点の灯りを見つけて、それを大きくしていく力をジョブズさんは持っていました。

 灯りは見つけました。
 それを大きくしていく力を育てていく必要があります。
 先月は大成功しました。
 今月は苦戦していますが灯りは消えていません。
 やり方次第で大逆転し大成功すると信じています。
 1991年3月18日、36歳のスティーブ・ジョブズは27歳のローリン・パウエルをめとった。
 自宅は、ぽつんと1軒だけ建っていて、お化け屋敷のような雰囲気さえ感じるウッドサイドの邸宅ではなく、パロアルト旧市街の、子連れに人気のエリアに控えめですてきな家を買い、そちらに住むことにした。
 リフォームは4カ月の予定だったが、ジョブズがあれこれ変更したため16カ月もかかったそうだ。
 裏手の小さな家も買い、建物を壊して庭にした。

 「私たちは家具とはなんぞやという話を8年もしました。ずいぶんと時間をかけ、なんのためにソファーを買うのかといったことを考えたのです」とパウエルは言う。
 家電製品の購入も哲学的な作業で、衝動買いなどありえなかった。

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 大嵐のような恋愛遍歴を持つジョブズさんでしたが、ピクサーで「ティン・トイ」を制作したり、アニメーションを制作したりしていくうちに変わっていったのでしょうか。

 けれどこだわるところは変わっていません。
 主人に、家具とはなんぞやという話を8年もされたら、我慢できるか自信ありません。 
 主人が何十億も資産を持っていたら我慢しちゃうかもしれませんが、幸い我慢する必要はありません。
 融通の利く主人が私にはあっています。

 世界を変えるような天才の奥様はそういう我慢強さも必要です。
 メンタルを鍛える必要があります。
 ここまでにジョブズは5000万ドル近い自己資金をピクサーにつぎ込んでいた。
 アップルで得たお金の半分以上だ。
 ネクストも赤字だった。
 1991年、ピクサー社員が全員、ストック・オプション(新株予約権)を放棄するなら私財を追加投入すると約束した。

 一方、芸術と技術の融合については夢を見続けていた。
 優れた芸術とデジタル技術を組み合わせれば従来のアニメーションを一変させられるという直感は、まさに先見の明と言えるものだった。

 ハードウェアやソフトウェアの事業が失敗するとわかっていたらピクサーを買わなかったのも事実だ。
 「人生なにが幸いするかわからないもので、あれはあれでよかったんじゃないかと思う」

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 5000万ドルは、今の日本円にすると約60億円です。
 アニメーションを一変させるコンピュータの可能性を信じたから、5000万ドル以上もの私財を投入してラセラーさんたちの情熱に賭けたのでしょう。
 ジョブズさんには世界を変えるという使命がありました。
 使命のために妊娠した彼女を自分の子供ではないと捨てたり、大規模な人員削減をしたり、犠牲になったものもたくさんありました。
 でも最後は、私財を投入して使命を果たそうとしました。

 私が犠牲にできるのは無駄に使う時間です。
 だからテレビはもう半年以上観ていません。
 テレビっ子の私には考えられません。
 大切な時間を使って、みんなを幸せにするために、・・・・・・・を目指しているなんて平凡な主婦だった私には考えられません。

 紆余曲折いろいろあって悲しい思いをさせてしまった人もいるけれど、今はみんな幸せになっているから良かったと思いたい。
 そして、もっとみんなを幸せにするのが私の使命です。
 1988年春、キャッシュ不足が深刻化し、全社的に支出の大幅な削減を命じなければならなくなる。
 ラセターたちアニメーショングループは、次の短編のお金を出してくれとなかなか口に出せなかった。
 ついに切り出すが、ジョブズは難しい顔で黙ったまま。
 ようやく口を開くと、絵コンテはあるのかと聞く。
 ラセターが絵コンテにあわせてセリフをしゃべり、すごい作品になると情熱的に語る姿を見ると、やっと表情が和らいだ。

 説明を終えたラセターに対するコメントは短かった。
 「ジョン、すごいものにしてくれ。頼んだよ」

 この「ティン・トイ」は、1988年のアカデミー賞短編アニメーション賞を獲得する。
 コンピュータで作られたアニメ初の快挙だった。

 と、ウォルター・アイザックソン 著の「スティーブ・ジョブズⅠ」(講談社)に書いてありました。

 経営が厳しいときでも、アニメグループの情熱をわかって資金提供をところは流石ジョブズさんです。
 かつて、自分が資金提供をお願いするために支援者を探して熱く語ったように、情熱的に語るラセターさんを見て、アニメーションに新しい可能性を見つけたのかもしれません。
 平均的な消費者には受け入れられなかった、「3Dオブジェクトの陰影を調整し、どのような角度でも正しい影が表示される機能」が活かされ飛躍する可能性がある場所を見つけたのかもしれません。

 相手に受け入れて欲しいとき、それを情熱的に語ることができるか?それに情熱をもっているか?自分に問うことも必要です。
 ジョブズさんが「絵コンテはあるのか?」と聞いたとき、ラセターさんが絵コンテにあわせてセリフをしゃべり、ジョブズさんに作品のすばらしさを伝えることができたから、ジョブズさんのイエスをもらうことができました。

 師匠は「100枚練習できたら送ってください」と言っています。
 何人もの方が100枚、200枚、300枚、1000枚できたと送っています。
 1000枚も練習した人の情熱に比べたら、私の情熱はまったく足りません。
 情熱をもって、もっと練習しようと心に誓いました。
 限られた時間をどう使うかが大事です。